大阪地方裁判所 昭和22年(ワ)992号 判決 1947年10月31日
原告
斎藤廣
被告
國
主文
原告ノ訴ヲ却下スル。
訴訟費用ハ原告ノ負担トスル。
請求ノ趣旨
被告等ハ原告ニ対シ相当代金ト引換ニ原告ガ健康デ文化的ナ最低限度ノ生活ヲ營ムニ必要ナ物資ノ配給請求権ヲ有スルコトヲ確認スル。訴訟費用ハ被告ノ負担トスル。
事実
原告ハ肩書地ニ住所ヲ有シ妻子四名ヲ擁スル世帶主ノ地位ニ在ル日本國民デアル。而シテ日本國憲法第二十五條第一項には、「すべて國民は健康で文化的な最低限度の生活を營む権利を有する」ト規定シ、之ニ依リ國民ノ基本的人権ノ一トシテ健康ナ生活文化的ナ最低限度ノ生活ヲ營ム権利ヲ保障シタモノデアツテ決シテ餓死セヌ程度ノ生活ヲ保障シタモノデハナイ。而モ右憲法施行ノ日以後ニ於ケル主食及ビ副食物ノ配給ハ所謂遅配欠配ガ無カツタトシテモ單ニ餓死ヲ免レル程度ノモノデアツテ到底右法條ノ保障スルトコロニ合致シナイ上ニ相当長期ニ亙ル遅配欠配ガ続イタ状態ニ在ル。其ノ他ノ物資仮エバ食用油、味噌、醤油、鹽、薪炭、マツチ、石鹸等竝ビニ各種衣料品其ノ他統制配給品トナツテ居ル文化的生活ノ必需品ノ配給モ不十分デアル。又憲法第十四條第一項ニ依リ個人ノ尊嚴ト両性ノ本質的平等ガ保障セラレ、之ニ立脚シテ民法ノ應急的措置ニ関スル法律モ制定セラレタガ酒、ビール、煙草ノ配給ニ付テハ男女ノ別ニヨリ平等デナク且ツ其ノ量モ僅少デアル。斯様ニ憲法デ抽象的基本人権ニ関スル規定ガ設ケラレテモ一般國民ハ抽象的ナ規定ノミデ満足スルモノデナク其ノ内容ヲ充実スルニ足ル具体的法令ガ完備サレヌ以上政府当局トシテハ曠職ノ譏ヲ免レルコトガ出來ナイ。総テノ消費者階級又ハ其ノ大多数ガ犯罪デアル闇買ヲセネバ生命ヲ維持出來ナイト言フ現在ノ配給竝ビニ取締法規ハ憲法ニ違反スル。配給品ダケデ生存出來ナイ事ヲ知リ乍ラ取締法規ノ存在ヲ理由ニ取締ヲ命ズル役人ハ不作為ニ依ル殺人罪ヲ犯シテ居ルカ少クトモ道義上ノ犯罪ヲ構成スルモノデアル。
現在ノ日本ニ諸物資ガ不十分ナコトハ明瞭デアルガ闇買ヲスレバ手ニ入ルトコロカラ見ルト政府ノ集荷方法又ハ配給機構ノ何処カニ欠陥ガアル。政府当局者ハ若シ其ノ全能力ヲ盡シテモ完全ナ配給ガ出來ストスレバ其ノ不明ヲ天下ニ謝シテ練達堪能ノ士ニ地位ヲ讓ルベキデアル。憲法第二十五條第一項ハ現在ノ様ナ物資不十分ノ時代ニコソ意義ノアル規定デ、豐富ナ時代ニハ無クテモヨイ規定デアルカラ現在ノ制度上又ハ事実上之レ以上ノ配給ガ不能ダトハ善良ナ忠実ナ政治家トシテ言エナイ事デアル。憲法第十二條ハ國民ガ政府ノ爲ストコロニ盲從セズ、憲法上認メラレタ権利ヲ社会公共ノ福利ノ爲ニ活用擁護スル責任ヲ規定シテ居ルカラ敢テ茲ニ本訴ヲ提起シテ政府当局ノ反省ヲ求メル。
理由
憲法第二十五條第一項ハ原告モ言フ様ニ所謂國民ノ基本的人権ヲ規定シタモノデアルガ、此ノ憲法ノ規定ハ直接私生活ヲ規律スル法規デハナク、單ニ國家ガ私生活ニ関シ法ヲ制定シ又ハ行政処分ヲ爲ス場合ノ根本方針ヲ定メタモノニ過ギナイカラ、他ニ之ニ基ク具体的ナ法令ノ出テ居ナイ現在此ノ規定ダケデ國民ガ國家ニ対シ私法上相当ノ代金ト引換ニ同條デ認メラレテ居ル程度ノ生活物資ノ配給ヲ請求スル権利ヲ取得スルコトニハナラナイ。尤モ國民一般ニ対シ現実ニ配給サレテ居ル物資ガ偶々特定ノ個人ニ対シテダケ配給サレナカツタ場合ニハ其ノ物資ノ配給ヲ請求スル私法上ノ権利ヲ主張スルコトモ出來ヨウガ、原告ノ場合ハソウデハナク、國民一般ガ更ニ多クノ配給ヲ受ケ得ラルベキコトヲ前提トシテ原告ガ健康デ文化的ナ最低限度ノ生活ヲ營ムニ必要ナ物資ノ配給請求権ノアルコトノ確認ヲ求メルニ過ギナイノデアルカラ、斯様ナ私法上ノ権利ガ認メラレテ居ナイ以上本訴請求ハ民事訴訟ノ目的トハナリ得ナイモノデアリ從ツテ民事訴訟トシテハ不適法デ其ノ欠缺ヲ補正出來ヌモノト謂フ外ハナイ。
又行政廳ノ処分ニ依リ違法ニ権利ヲ毀損セラレタコトヲ理由トシテ右処分ノ取消ヲ求メル訴ハ新憲法ノ下ニ於テハ固ヨリ司法権ノ属スル裁判所ノ管轄スルトコロデアルガ、現在ノ國民生活ガ配給ノミニ依ツテハ維持サレ得ナイ窮状ニ在ツテ而モ闇買ヲスレバ諸物資ヲ入手出來ルノニ、政府ガ現在以上ノ配給ヲ爲シ得ナイ事実、若シクハ憲法第二十五條ニ基ク生活必需物資ノ配給ニ関スル何等ノ具体的法規モ制定サレテ居ナイ事実ヲ目シテ特定個人ニ対スル政府ノ行政処分トシ、之ニ対シテ行政訴訟ヲ提起スルトイフコトモ失当デアルカラ本訴ハ行政訴訟ト見ル訳ニモ行カナイ。要スルニ原告ノ主張スルトコロハ政府ノ一般的施政ヲ糾彈スルニ止マリ、原告ヨリ國及ビ各國務大臣ニ対スル法律上ノ爭訟ト見ルコトハ出來ズ從ツテ本訴ハ裁判所法第三條ニ照シテモ到底裁判所ノ権限ニ属スルモノト認メラレナイ。
仍テ民事訴訟法第二百二條ニ依リ本訴ヲ却下スベキモノト認メ訴訟費用ノ負担ニ付民事訴訟法第八十九條ヲ適用シ主文ノ通リ判決スル。